コロナショック・サバイバル~日本経済復興計画~ 冨山和彦
第一章 L→G→F 経済は3段階で重篤化する。
第一波L(ローカルクライシス)
【まずL型産業が大打撃をこうむっている】
・実体経済の崩壊:感染症リスクに備えるため、人々が経済活動を控える。
・L型:観光、宿泊、飲食、エンタメ、日用品以外の小売り、住宅関連など。
└日本GDPの約7割。中堅、中小企業が担う。
└労働者は、非正規社員、フリーターが多い。日本の勤労者の約8割は中小企業の従業員か非正規雇用者。
第二波G(グローバルクライシス)
【「需要が消える」G型の大企業とその関連企業へ波及】
・序章:中国の生産停止によるサプライチェーンショック
・その後:需要(売上)消滅(=キャッシュ流入消滅)
・真っ先に消える需要:耐久消費財(もともと買い替え需要)?消費パターンのモデル
└個人:住宅、自動車、電気製品、衣料品
└企業:設備投資、IT投資、部品・材料
→L型経済(G型大企業のすそ野のものづくり産業)に波及
※日本だけでなく、海外の市場の回復が必須。
⇒企業の存続・持続性の危険
└手元預金:トヨタでも売り上げの2か月分。
└固定費見合いのキャッシュ流出は簡単に減らせない。
→融資やCP(コマーシャルペーパー)を積み上げて対処。
第三波F(ファイナンシャルクライシス)
【資金繰り問題のソルベンシー問題化、逆石油ショックによる金融リスク】
・資金繰り問題:一時的な事業停止に対応するための増加運転資金。
↓
・ソルベンシー(弁済可能性)問題:売上そのものが消えた際の赤字補填。返済能力が弱まり不良債権化。
↓
・金融機関側のBSが傷み、信用創出能力が毀損し、金融収縮、実体経済も収縮。
・逆オイルショック:ロシアとサウジアラビアの増産競争。実体経済の需要低迷。
その他
・中国:安定成長段階。対先進国輸出への依存。→リーマンショック時の中国頼みの回復は見込めない。
・米国:リーマンショック以降の金融緩和で民間部門のレバレッジ(借入比率)は上昇している。
└主に不動産業(オフィス、ホテル)、エネルギー(シェール関連、再生エネルギー)
・G、F、外需依存型のLの回復には年単位を要する。:中国、欧米の影響。
└耐久消費財(製造業)、国際線エアライン:固定費の高いビジネス
└インバウンド向けのホテルや観光業
第二章 生き残る鍵
・これから起きうることに対する、対応策の効果に対する想像力。→過去(歴史)が基盤となる。
・危機:ソリッドな計画はワークせず十分な情報と検証データに基づいた判断ができない状態。
過去から学ぶこと
▼新時代の幕開けに世界的リスクイベントあり(10年に一度)
・1900年頃スペイン風邪:英国から米・露への覇権のシフト
・1929年世界大恐慌:自由放任資本主義の終焉→全体主義の台頭によるWWⅡ→戦後社会主義体制の隆盛・冷戦
・1990年頃:グローバリゼーションの大号砲。
└日本バブル崩壊:日本的経営、護送船団行政型産業政策の終わりの始まり。
・2000年頃:GAFA(デジタルプラットフォーマー)の勃興。デジタルエコノミーへの破壊的な産業構造転換。
└日本金融危機(山一証券、長野銀行)、アジア通貨危機、米ドットコムバブル崩壊
・2000年前後リーマンショック:中国の台頭。
⇒危機によって、既得権者が傷み、色々なことが流動化するために、大きな変化が起きる。
└危機を生き残る。歴史法則とファクトに基づいたニューノーマルを展望、想像、妄想する。
▼誰が生き残る確率が高かったのか?
・手元流動性(現預金)の潤沢さ:緊急時の酸素ボンベ。
・金融機関との従来からの信頼関係:最後に頼りになるのは銀行
・平時における稼ぐ力(営業キャッシュフロー)と自己資本の厚み
└売上高に対する営業キャッシュフローマージン率、EBITDAマージン率の高い企業
└売上高に対する、固定費キャッシュ流出とキャッシュ流入の差分のマージン率。
⇒平時の本質的な経営水準、経営体力の差が顕在化し優勝劣敗が起きやすい。
└良い経営をしている企業は相対的にシェアを伸ばすチャンス。
└基礎疾患を抱えている企業は重症化しやすい。
修羅場の経営の心得
- 想像力~最悪の想定を置き、最善の準備をせよ~
・人間にとって、最悪の事態を想定することは大変な恐怖とストレスがかかる。
・楽観的な見積もりでは、対策が後手に回ってしまう。
・危機に強い人間
└最悪の想定を置き、周到に最善のメニューを検討、準備を指示。(複数プラン)
└不屈のファイティングスピリット。
⇒「杞憂で終わってよかったね」が最良。
- 透明性~Bad Newsをあからさまにする。信用棄毀損を恐れない。~
・極めて厳しい自己査定を行い、隠れていた問題、Bad Newsを徹底的に表に出す。
・信用は情報の疑義、隠蔽の疑念から毀損する。(Bad News自体が信用毀損の原因にはならない)
- 現金残高~短期的なPL目標は本気で捨てる、日繰りのキャッシュ管理がすべて~
・売り上げを増やすための、売掛金、現金仕入れ等より、キャッシュポジションの改善を優先。
・キャッシュ残高を日繰りで管理する。
・CFO・COO・CSOラインを一本化してCEO下で一元的に管理。
・徹底的な借り入れ
・減免措置、緊急融資、各種補助金は臆面もなく取りに行く。
- 捨てる覚悟~何を本当に残すか、迅速果断な「あれか、これか」のトリアージ経営~
・厳しい状況での決断は必ず難しいトレードオフを伴う。
・「何を本当に残すべきか」:キレイごとではなく、より大きな善のために捨てざるを得ないものは果断に捨てる。
└一時的に厳しい批判にさらされ恨まれることは覚悟する。
- 独断即決~戦時独裁ができ、姿が見えるトップを選び、真のプロを集めて即断即決と朝令暮改~
・トップ
└社内外に向けて自分の姿をさらす。
└自分の意志で決めたことを自分の言葉で発信。
└結果をすべて自分が引き受ける。
└状況が変われば、間違いに気が付いたら、即座に朝令暮改。
└恥も外聞も気にしない。
・プロ
└修羅場のリアリズムを経験。
└必要な専門的知見。(経営なら財務、事業、会計、労務、人事など)
└限られた情報で最良の判断を下しうる。
※何かを聞かれて、「これから調べます」「分析してから報告します」ではだめ。
・プロがいない場合:身近で長く付き合ってきた信頼できる人物から紹介してもらう。
└生死が関わるので思いっきり図々しくなっても神様は怒らない。
└厳しいことを言ってくれる、痛い治療法を勧めてくれるプロを信頼すべき。
※危機の経営、再生のプロが減少している:レファレンスやクリデンシャル(資格情報)のチェックが甘い。
└street smartを見極める。
- タフネス~手段に聖域を作るな、法的整理でさえ手段に過ぎない~
・再生型の法的手段をとることに逡巡するな。
└本当に守るべきものは「事業」や「組織能力」。
└経営不振の再生企業への公的資金投入は、実は最も安全かつリターンの大きい投資。
- 資本の名人~2種類のお金を用意せよ~
・融資に頼るべきつなぎ資金
・出資によって長期的な投資に使えるリスクキャピタル
└赤字補填資金や構造改革資金は、極力、もらいきりのお金(助成金、給付金)で誰かに出資してもらう。
- ネアカ~危機は新たなビジネスチャンス!「国民感情」に流されず投資や買収に打って出よ~
・大きな危機は新しい時代の幕開け、新たなビジネスチャンスが生まれる時代の始まり。
・「国民感情」「社内の空気」という実態不明のものに惑わされず、理屈通りに実行する。
「べからず」集
- 見たい現実を見る:カエサルが喝破した人間の本性。
- 精神主義に頼る:根性、やる気。
- 人望を気にする:急に印象をよくする行動をとる。
- 衆議に頼る:危機時の衆議×熟議=愚議
- 敗戦時のアリバイ作りに走る:保身のために最善を尽くした証拠を残すだけで、リアルなリスクをとる決断をしない。
- 現場主義の意味を取り違える:現場の想いにただ迎合する。
└真の現場主義:現場の実態を知り共感したうえで厳しい決断を下す。
- 情理に流される:経営力=決断力(合理の産物)×実行力(情理の産物)
└その場でどんなに恨まれても、将来(死ぬとき)感謝されたら御の字と覚悟する。
- 空気を読む
└最重要事項。
└その場の空気、コンセンサスはどうでもいい。
└必要なのは生き残る確信と、合理的で冷徹で迅速な判断力と実行力のみ。
└ぐずぐずしている間に再成長のビッグチャンスはあっという間に目の前から消える。
個人の場合
・自分の置かれた状況・組織の今後について、情報を集め、自分の頭で考え抜く。
・ポイント
└過去の危機がもたらしたものとそれまでの常識の壊れ方を、長い時間軸で考える。
└他人の言うことは一つの情報、判断材料の一つ。
└絶対的に正しい答えを出すことはほぼ不可能:形而上的教養と、修羅場体験から凝縮されたリアルな抽象的原理が必要。
└壊れる確率の高い常識に乗っかるのは、人生が長期的に不幸になるコトにつながりやすい。
・修羅場にいる場合:いろいろなことが学べる「タフアサインメント」ととらえ、ギリギリまで残って体験する。
・組織固有ではなく、世の中全般に通用し、誰にでも説明できる能力を磨く。
国家の場合
・同様に歴史から学ぶ。少なくともこの30年間の危機の振り返り。
└失われた10年:短期的施策を対症療法的に繰り返し、ぎりぎりまで追い詰められ、金融危機に陥った。
・緊急経済対策:守るべきは、「財産もなく収入もない人々」「システムとしての経済」
└公共機能が失われた場合:国民の社会経済活動が重大なダメージを受け、その社会的・経済的損失は極めて大きくなる。
└視点を長期化すると、機能停止の危機を回避し、同じような機能不全を今後起こさないための安全装置を組み入れておくことが重要。
・危機時に必要な政策対応の終わり方、タイミングは重要。
└緊急時に必要な対応には、平時には生産性が低い企業の延命装置となる側面がある
└低成長性・低生産性・低賃金の背景には産業と企業の新陳代謝が乏しく、低生産性が温存されていることがある。(最も顕著なのは、Lを担う中堅中小企業セクター)
・経済危機およびその回復期は、低生産性企業を再編し、より生産性が高い産業ドメインに働き手をシフトするチャンス。
└産業再生機構:注入した資本は、原則、第三者に公正なオークションを通じて株式売却、事業売却で回収する方針。
⇒思い切り大介入をする。一方で、危機終息後はメリハリの利いた鮮やかな撤収を行うこと、対策自体にゾンビ温存の副作用を最小化する仕組みをビルトインしておくことが重要。
第三章 危機で会社の「基礎疾患」があらわに
約10年おきに「100年に一度の危機」が起きる時代
・破壊的な危機と破壊的なイノベーションが交互にやってくる時代。
・グローバル化、デジタル革命により情報伝搬や市場変動が瞬時に起こる。
→危機のスケールはどんどん大きくなる。
・社会、政府、企業、個人には危機に対しての強靭性・レジリエンスが求められる。
基礎疾患
・日本の大企業「古い日本的経営」
└稼ぐ力が落ちた。その根源に、社会、会社、個人の生き方にまでビルトインされた日本的経営。
・中堅・中小企業「封建的経営」
└いろいろな仕組みで、会社業務からお金を吸い上げる搾取構造。
いままでの危機対応の失敗
・根本的な生活習慣を変えられず、危機からしばらくたつと悪化する
第四章 ポストコロナショックを見すえて
L、G両方の世界に構造改革の好機が到来
・L、G経済圏の両方に破壊的な危機をもたらし、経済活動のほとんどの領域でいろいろな事柄が流動化する。
└相当なショック=根本的な変化をする唯一のきっかけ。
→根本的な改革。破壊的イノベーションの再開。
└新たな産業構造、新たなビジネスモデルの創造や、新たな会社のかたちへの転換を行いやすい状況。
└復旧ではなく復興に。
└経営者、経済人の未来を見据えた変革への強い意志と、痛みを伴う構造改革を周りが応援することが肝要。
└DXの波に流されるのではなく、エネルギーを成長力、競争力、生産性向上のドライバーにする。
真の淘汰と選択は危機時に始まる。ベンチャーの世界も同様。
・基礎疾患が明確化され淘汰が起こる。
・ベンチャー業界の淘汰
└GAFAのメガプラットフォーマー化:90年代ネットベンチャーの群雄割拠が2000年頃のITバブル崩壊で淘汰。
└ユニコーンやマネタイズ可能性を超えた値付けのベンチャー(AI・シェアリングエコノミー関連)の淘汰が起こる。
└ベンチャーエコシステムはさらに上のステージに進化する。
DXは加速する、そして破壊的イノベーションも加速する
・グローバル化×デジタル化による破壊的イノベーションが止まることはない。
・ツールの普及でDX・シェアリングサービスは加速し元には戻らない。(医療、介護、教育、行政サービス等幅広い領域)
・グローバル化は止まらず、世界をより小さくする方向に進む。
└インバウンドは量より質に転換するチャンス。
└移民問題:多様性共存社会が現実的に実現するための出直しの機会。
モノからコトへの流れは加速する
・ユーザーの嗜好性、ビジネスモデルのレジリエンスから、モノからコトへの流れは加速する。
・ユーザーの嗜好性
└スポーツや音楽、演劇などのライヴイベントの価値を再確認。→コト消費の根付き。
・経済危機に強いビジネスモデル
└リモートな方法でソリューションサービスをリカリング型(繰り返し利用、定期購買利用)で提供するタイプ。
└電力、社会インフラ、サブスク、クラウドサービス
GからLへ流れは変わる、LDXを起動せよ
・LDXの加速
└大都市過剰集中:レジリエンスの低さ。社会システムの持続可能性。
└オフィスワークにおける人口集約の不必要性
※知的集約型産業においては知識集積度を高める方が有利だがデジタルネットワークで解決可能。
・サプライチェーンがグローバルに長くなりすぎているリスクの顕在化。
→全産業でグローバルサプライチェーンモデルと地産地消モデルとのリ・バランスの動きが出る。
・地方を活用した経済活動、生活の在り方を追求することで、より幸せな生き方を実現できる時代が来る。
→GDPの7割を占めるL経済圏の活性化は国全体の成長力を取り戻す強力なエンジンになる。
株式会社、市場経済、資本主義の基調も変わる
・現代の経済社会の脆弱性
└グローバル化、デジタル革命とともに加速した知識集約産業化と、それに伴う都市部へのさらなる人口と富の集積
└金融緩和と一体化した高株価に支えられた投資と消費に依存した成長モデル、そこから生まれる格差の拡大。
└19世紀半ば、マルクスとエンゲルスが「共産党宣言」で資本主義経済の在り方に問題提起したころと似たような状況。
・多元的なマルチステークホルダーを中心に据えた、長期的持続性志向の経済システムの再構築スピードが加速。
└SDGsやESG、Society5.0の現実的な運動論への転化可能性が高い
└米国でさえ活発化している。
・政府部門も史上空前の巨額の流動性供給と財政出動を行うことになりトランスフォーメーションが起こる。
企業の変革
▼さらば「DXごっこ」
・従来の日本企業のDXの中身:「お勉強」「ごっこ」の領域。
└外資系コンサル会社に高額を支払い海外のDX事例をベンチマークしデジタル戦略やビジョンを策定する。
└クラウドベースアウトソーシングを導入してDX型の業務改善を行う。
└DXを取り込むためにオープンイノベーションを進めようとコーポレートベンチャーキャピタルを作る。
・「ごっこ」では乗り越えられないリアルな危機に瀕している。
▼CX(能力の大変容)こそがDX(破壊的イノベーションの波)への本質的な解
・CX:トップリーダーから現場に至るまでの「組織能力」の抜本的な進化と強化。
・「両利き経営」へ進化する必要性。
└もともとあるコアコンピタンスに磨きをかけ、既存事業の競争力、収益力を持続的に「深化」させる。
└イノベーション領域の新しい事業シリーズを「探索」し投資して取り込む組織能力をも具備。
→腰を据えて「ヒト」と「カネ」にかかわる基本的な会社のかたち、そこに集う人々の生き方・働き方、さらにはその根底にある価値観や文化まで変革しなければならない。
▼TA(事業の克服、事業の再生)はCX(企業の大変容)の大チャンス
・危機の克服、事業の再生(Turn Around)局面
└企業の中でもいろいろなものが壊れ、見直され、既存の堅固な仕組みが流動化する。
└会社の基本構造、事業の基本モデル、そこで必要な組織能力を大きく変容(Corporate Transformation)を始動する好機。
└破壊的イノベーションに向けて取り組み、持続的な成長力を取り戻す。
・リーダーの真価が問われるのは今
おわりに 日はまた昇る、今は200%経営の時
・危機の時代は、リーダーの時代。
・すべての人にとって重要なことは目の前の問題に全力で取り組むこと。
└一般人の私たちにおいては、自らの行動変容、すなわち個人の行動のトランスフォーメーション。
└経済には収入を失って困窮する人々の生活と人生とシステムとしての経済が不可逆的に壊れることを防ぐこと。
・その先には。
└医学的には感染予防のためのワクチンや抗ウイルス剤の開発、医療体制の整備とイノベーション、予防的な生活スタイルの変容という科学的、社会的なトランスフォーメーション課題。
└経済的には市場経済システム、産業、会社の在り方、職業人としての個人の働き方や生き方にわたる広範なトランスフォーメーションという課題が待っている。
└その準備の少なからずは目の前の危機対応施策の中に組み込まざるを得ない。
・私たちの覚悟と行動、200%分の働き方次第で上昇期に転ずる時代は必ずやってくる。